【秋風にゆられて】  作:むだるさま




鯨幕がぱたぱたと冷たい秋風に揺れる。

斎藤と出かけた月真院への帰り道、葬式の準備をしている家の前を通った。
誰が亡くなったのか、ここ数日の寒さがこたえたのかもしれない。

「…平助、あれ。今日、葬式かな。寒そうだなぁ」
隣を歩く斎藤が、オレに話しかける。
「あの様子だと、今晩が通夜ってところじゃないかな」
新選組時代からずっと、死と隣り合わせの日常。
…のわりに、きちんとした葬式ってあんまりやったことないかも。
考えたら、ちょっと笑えてきた。

思わず吹き出したオレに、お前が不審げな眼差しを向ける。
「なに笑ってるんだ、平助。不謹慎だなぁ」
「あのさ、はじめちゃん。オレが死んだら、オレの思い出話で明かしてくれよな」
葬式する間もないかもしれないし。あんまり贅沢言えた身分じゃないけどさ。
せめて、通夜のまねごとくらいはしてほしいな。…好きな奴くらいはさ。

笑って告げたオレに、間髪入れずにお前が返事を返した。
「…やだ」
「な…、なんでだよ?」
お前の澄んだ瞳に、間抜け面のオレが見える。
オレの思い出は語る価値もないってことか?
「…お前は、俺より先に死なないからさ」
「え、だって、そんなこと分かんないだろ」
口をとがらせたオレに、お前は怒ってるような泣きそうな顔で呟いた。

「お前は俺が死なさない。生きて…二人で…」

あぁ、お前は会ったときから変わらないよな。
真面目で、冷静で、無表情で、変なとこで情にもろくて、妙に口が悪くて、
要領がよくなくて、オレは目が離せなくて。
優しいんだ……残酷なほど。

ふい、と横を向いたお前の髪を、風が優しくなぶる。
クセのない髪はさらりと風に広がり、ぱさりと同じ位置に収まった。

「生きて…どうするんだ?」
そんな問いをお前にしてどうするつもりだったのか。勝手に口が動いた。
「生きて……」
お前はこっちをふり向いて、いたずらを思いついたガキのように笑った。
「世にはばかるのさ、憎まれっ子としてさ!」
「…お前は、はばかれるかもしれないけど、オレはいい子だからな〜」
笑い飛ばす。無性におかしかった。
生きて……どうしようもないじゃないか、今更。
オレ達の道は、すでに分かれてしまった。オレの道は崖につながってる。
お前の道も行き止まりかもしれないけど。

分かってくれよ、きれいに死にたいんだ。
未練を残さず、きれいに死にたいんだ。…お前にも、この世にも。
あきらめても、あきらめても、お前は笑ってくれる。
イヤガラセかと思っちまうよ。

「生きるのなら、お前の中にするよ。だから、オレを忘れないでくれ」
今となってはこれだけが、オレの望み。
そして、お前は生きていて欲しい、ずっと。死なないでいて欲しい。
「…忘れてやるよ、お前なんか。だから、生きていてくれ」
漆黒の瞳で見据えられる。そんな真剣に見つめられると、居心地が悪い。
なんか、ヘビににらまれたカエルみたいだな、オレ。

「生きてくれよ、平助」
あぁ、そんな、泣きそうな顔するなって。
抱きしめたくなるじゃないか。そんなヤバいことできるかよ。
一度触れたら、手放したくなくなって。…死にたくなくなるの分かるから。
生きていたい、と。一緒にいたい、と思ってしまうから。

「今、生きてるじゃないか、オレ達」
くしゃりと斎藤の前髪をかき回す。
オレはちゃんと笑えているかな。泣きそうな顔してないよな。
髪をいじるオレの手を、お前がうざったそうに掴む。
そのまま何か言いかけるのを遮って、強引に言葉をつないだ。
「オレ、これから、死ぬ時まで生きるから」

「なに、バカなこと言ってんだ。当たり前だろ、そんなこと!」
怒ったように睨むお前。
「当たり前って、そりゃそうだけどさ…」
言い方が悪かったかな。そう言う意味じゃないんだけど。
えーと、こういうのってなんて言うんだっけ……。

俺が空を睨んで言葉を探していると、ふわりと視界にお前の髪が広がる。
ぬくもりが体ごしに伝わって。抱きしめられているのだと認識するまで時間がかかった。
「…!どうしたんだよ、斎藤!」
お前が顔を伏せているオレの肩が熱い。
「なに、泣いてるんだよ」
「…泣いてなんかない」
鼻声で小さく反論するお前が子供っぽくて、ちょっと笑っちまう。
普段は大人っぽくみえるけど、同い年なんだもんな。
たまに見せる子供っぽい顔が、無性に愛しい。

そおっと、斎藤の背中に手を伸ばして、そのまま背中をさする。
壊れ物を扱うみたいに、優しく抱きしめて。

お前にとって一番大事な人は、オレじゃないって分かってるけど。
今、オレのために泣いてくれてるお前は、オレが守る。
お前が御陵衛士の間、傷一つ負わせやしないさ。
オレの命なんて、もうどうだっていいんだけど。
お前が生きろっていうなら、最期の最期まで足掻いてみせるよ。

「オレは生きるから。生きてみせるから。安心して帰ればいいぜ、斎藤。
 それまでは、オレが守ってやるよ、お前を」
「俺の方が強い…」
オレにしがみつきながら、ぼそっと斎藤が呟く。
「そういうことは、言わない約束なの!」
背中に垂れてるお前の髪を引っ張って、ビシッと睨んどく。
こーゆーとこ、イヤな奴なんだよな。いいとこなんだから、黙ってろってば。

髪をつかまれて顔を上げたお前は、真っ赤な瞳のまま、にこりと笑った。
つられて笑うオレ。それ以上怒れないのは、情けないけど惚れた弱み。
あぁ、畜生、かわいいよ、お前は。

二人で月真院へと歩き出す。
「帰るときは二人で帰ろうな、平助」
それはできない相談なんだよ、はじめちゃん。俺にも意地があるからさ。
月真院以外に帰る場所はないんだ。お前の帰る場所はあいつのところだけど。

お前の言葉には答えず、下向いて笑ってごまかして。
秋風は変わらず冷たく頬を刺すけれど、オレの心はお前のぬくもりがうつったのか
じんわりと温かかった。

<了>




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藤堂さんの語り・・・・・
すごくいいとおもいませんかっ!!
ほんまに斎藤さんのこと好きなんだなぁ〜〜って
大事に想ってんだなぁ〜〜って・・・
胸がキュンキュンしてしまいました。
死への思いを飄々と口にする藤堂さん。
その想いは、未来を明らかに感じ取っていて・・・
う〜〜〜〜っ・・・(涙)
すごくほのぼのとしるみたいななのに・・・・でも・・・でも・・・
その奥にせつないような、悲しいような・・・・

胸が詰まってしまって><
うおおおぉ〜〜〜〜〜なぜか号泣しちゃいます。

むだるさんのお話は、胸に染みいります。
素敵なお話をありがとうございました!!