【星空を見上げて】     作:むだる



「なぁ、沖田さん、こんなとこ登って怒られないか?」
「大丈夫ですよ、今日は先生達揃ってお出かけだし。特に壊さなければ……
 …えっ、うわっ、あぁぁぁぁぁあ!」

バキバキバキ ズシャァァァァァア!!!

「お、沖田さん!大丈夫か?!」
上から斎藤がのぞき込むと、沖田が仰向けに倒れている。
「い、痛たたた…。なんとか大丈夫です」
「…………おい」
「はじめさん、怪我はないですか?」
「…………おい、総司」

上を見上げて安否を気遣う沖田に、書見台から顔を上げて山南が声をかけた。
「総司。下の土方君にも声をかけてあげてくれないかな」
「………………あ」

天井を破って落ちてきた沖田の怪我が軽かったのは、下で土方がクッションになっていたかららしい。
「……総司。どかねぇか…」
沖田に踏まれている土方が低い声で唸る。
「あー。そこにいたなんて、運が悪かったですね、土方さん。私たち、屋根で…」
「うるせぇ、どけぇぇ!」
怒りもあらわに土方が立ち上がる。と、一足早く沖田は部屋の外に駆けだしていった。
「悪気はないんですよ〜」
「あってたまるかぁ!」
逃げる沖田を土方が足音も荒く、追いかけていった。怒声があっという間に遠ざかる。

沖田が踏み抜いた天井の穴から部屋の中を覗いていた斎藤は、正座して穴を見上げている山南の視線を受けて、
決まり悪そうに目をそらした。
「…すみません。後で直しておきます」
「屋根で何をするつもりだったんだい?」
怒られるかと思いきや、にこやかな笑顔のまま興味深げに山南が質問する。
「流れ星を見たって原田さんが騒いでたんで…。
 屋根の上なら四方が見れるからって、登ったんですけど…」
あいにくと貧乏道場の屋根は、所々傷んでいたようだ。
腕を組んで話を聞いていた山南は、途中まで話を聞くとすっくと立って部屋を出て行ってしまった。

人一人分の穴からでは、部屋の様子がよく分からない。
あまり身を乗り出して沖田の二の舞になっては、道場主に申し訳が立たないし、
斎藤をここに誘った沖田は帰ってこないし…。
これからどうしようか、と考えあぐねていると、後から声がかかった。

「斎藤君、一緒に星見酒はどうですか」

手に杯と徳利を持った山南が、いつの間にか立てかけてあった梯子を登って斎藤の側に立っていた。
返事も聞かずに、斎藤の隣に座り込む。
驚く斎藤に杯をもたせ、徳利から並々と酒を注いだ。

「あそこに見えるのが北斗七星だね。南東に見える明るい星がスボシ。
 大陸では角宿と言ってますね。東方七宿 青龍の角の部分にあたって……」
頼まれもしないのに、勝手に星空を解説し始める山南。
別に星の名前には興味ないんだけど、と斎藤は思えども、流れるような説明に口を差し挟む隙もない。
山南の指さす方向を見ながら、ちびちびと酒を煽る。

「斎藤君は、流れ星にどんな意味があると思いますか?」
さっきから斎藤が杯を干すたび、山南が酌をする。
あまりに動作がなめらかなので、そのまま受けてしまっていたが、目上の人に酌をさせるのは良くないのでは、
と斎藤が返杯する時機をうかがって悩んでいると、山南は自分の杯にまるで当たり前のように手酌で酒を注いだ。
徳利に伸ばしかけた斎藤の右手が宙に浮く。
「斎藤君?」
「え?あぁ、いえ、その…」
「流れ星」
斎藤の悩みを知ってか知らずか、山南が再度問う。
「いや、あの、俺はあまり星は…」
何を聞かれていたのかもよく分からなくて、しどろもどろに返事をする。
じっとこっちを見つめる山南の視線に耐えきれなくて、斎藤は目線をふらふらとそらした。

くすり、と笑う声に、隣の山南を見ると、腕を組んで面白そうに自分を見ていた。
「やっぱり、斎藤君は楽しいなぁ」
ちょっとむっとして、山南を睨むと、山南は笑い顔のまま。
「斎藤君は、人を楽しくさせるんだよ」
と、諭すように呟かれても、斎藤には全く意味がつかめない。

無愛想で、不器用で、人と距離を置かねば不安になるばかりで。
人から疎まれることはあっても、その反対など、ここに来るまで一度もなかった。

やっぱり、ここの人たちはどこか変わってる。
そう思ってちらりと山南を見ると、さっきからずっと微笑んだままこちらを見ているようだった。
微笑まれるばかりの沈黙に、ちょっと居心地が悪い。
なにか話した方がいいのかな、と話題を探していると、わいわいと楽しげな話し声が近づいてくる。

「おい、あれ、斎藤と山南さんじゃねーか」
飲みに出かけていた永倉らが、こちらに気づいたようだ。
「はじめちゃーん、山南さーん、そんなとこで何してんのー?」
「お二人さん、そんなとこで逢引かよ?」
藤堂と原田が、手を振りながら呼びかける。

「実はそうなんですよ。二人の時間を邪魔するなんて無粋なことはやめてもらえるかな」
片手を挙げて答えながら、平然と山南が受け流す。
「えぇぇえ!?!」
「やるねぇ、山南さん!」
思わぬ言葉に、目を見張って山南を振り返る斎藤。
下では口笛を鳴らして、やんやと喝采が起こる。

「ちょ、ちょっと山南さん、何言ってんですか!」
口を尖らして抗議する斎藤の唇を、人差し指でそっと制して。
「こういう日があってもいいじゃないか」
にっこり笑顔で言われると、それ以上文句も言えない。
上目遣いに山南を睨んでいる斎藤の杯に、山南が酒を注ぎ足す。

「どうして私のいない間に、二人で楽しく酒盛りしてんですか?!」
梯子の最上段に手をかけ、屋根に頭だけ覗かせて。肩で息している沖田が、ぶうぶう文句を言う。
ようやく土方をまいたらしい。
「沖田さん! 大丈夫だったのか?」

「あ、ほら、流れ星!」

真っ正面を指さす山南の涼やかな声に、思わず一同が同じ方向を見上げた。
……と梯子がふわりと屋根から遠ざかってゆく。
「え?! うわっ、なん……わ、わぁぁぁぁぁ」
「お、沖田さん?!」
梯子につかまったまま後に倒れて行く沖田に、助けようと斎藤が手を伸ばすが、すんでのところで届かない。
「おい、総司!見つけた…って、え?な、お前、こっちに来んなぁぁぁ」


何かがぶつかる痛そうな音に思わず目をつむった斎藤が、恐る恐る目を開けて下を見ると、
沖田の下敷きになって土方がひしゃげていた。
ゆらり、と土方が乗っかっている沖田をどけて立ち上がる
「おい、山南! お前さっき梯子蹴り倒しただろう!!」
怒りに燃えた土方が仁王立ちで、屋根の上の山南を指さす。
「どうしたんだい、土方君。私がなぜそんなことを?」
笑顔のまま平然と言ってのける山南と、歯ぎしりしている土方。

「許さねぇぞ。てめぇ、今夜はそこで頭を冷やしやがれ!
 おい、総司、お前ぇも逃げるんじゃねぇ!!」
右手に沖田の襟首を掴み、左手に梯子を抱えた土方は、どすどすと家の中に消えていった。
コトの成り行きを面白がって見物していた3人も、首をすくめて顔を見合わす。
おやすみ、と屋根の上に挨拶だけすると、酔いも覚めた様子で家の中に入っていった。

「さて。私たち二人だけになってしまったね」
変わらぬ笑みで、飄々と口にする山南に、斎藤は呆れて声も出ない。
真下からは土方が沖田を叱りつけている大声が丸聞こえだ。
「これから、どうする? 斎藤君」
「いや、どうするもなにも…」
降りる手段がない以上、ここにいるしかないじゃないか、と思っていたのが顔に出たのか、
山南がくすくすと笑い出した。
「ちょっと、山南さん!何がおかしいんですか」
「ごめん、ごめん。君は思ったより素直なんだね」
総司がかまいたがるのも分かる気がする、とぶつぶつ呟いていたかと思うと、
こちらを向いて徳利を差し出した。

「今夜は星もきれいだし、二人で飲み明かさないかい。
 なに、夜も明ける頃には説教が終わった誰かが迎えに来るさ」
誰かって誰なんだろう、と小首をかしげながらも斎藤が杯を受ける。
「こんなことなら、つまみ持ってこれば良かったですね」
酒ばっかりじゃ腹も空くだろう、と考えて話しかければ、山南はきょとん、と目を見開いて斎藤を凝視していた。
「君って……ほんとにおもしろいなぁ」
思わず声を上げて笑い出す山南。斎藤を見る目はいつもより優しげだ。


気をきかせたつもりなのに、思いっきり笑われて。
満たされた杯を憮然として見つめていた斎藤は、何かを吹っ切るように、ふぅ、とため息をひとつ。
顔を上げた斎藤は、山南を向いて頬に笑みをのせ、杯を目の高さに掲げた。
「俺と山南さんの、最初で最後の逢引に乾杯!」
山南も自分の杯を高く掲げて、にやりと笑ってこれに続く。
「星空に映える斎藤君の笑顔と、我々のこれからに!」

二人が杯を干そうとする目の前で一つ星が流れ、夜空の闇へと消えていった。

<了>






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





なんという・・・・ほのぼのしたお話なのでしょうか!!
山南さんがっなんとも素敵じゃありませんかっ≧≦
大人の余裕をみせる山南さん。
それに甘えるような朗らかな斎藤さんが、すごく印象的です∩∩)
微笑ましい最初で最後の逢い引き
星空に見守られながら、きっと心穏やかでゆったりとしたふたりの時間を過ごせたことでしょう。
こちらまで、良い気分にさせてもらいましたよ。

素敵小説をどうもありがとうございました!!
むだるさま♪