京の街にも秋が訪れる。見事に色づいた紅葉が町並みを紅く染め上げる。 布団に包まって、今日一日何をしようか考えていると、落ち着いた低い声が聞こえる。 「沖田さん?どっか気分悪いのか?」 はじめさんが、心配そうに私の様子をうかがっている。 「ねえはじめさん、今日は二人でお出かけしませんか?」 「・・・俺は砥ぎ屋に預けた刀を取りに行こうと思っているんだが?」 「付き合いますよ。そのあと茶屋で葛きりかお団子でも食べませんか?」 「この間みたいに馬鹿みたいに食って、腹こわしても知らんぞ。」 「そのときは、はじめさんが看病してくださいね。」 「・・・・・・(溜息)。」 いつものように門番の平隊士に「ちょっと遠出をしてくる。」と告げると、 「沖田先生、斎藤先生、申し訳ございませんが行き先をおしえていただけませんか?」 恐縮しきって彼は尋ねてくる。 「副長の命令で、有事の為に連絡の取れるようにしておくようにと・・・。」 ・・・・まったく土方さんたら。 「街中の古道具屋に行って、それから祇園界隈あたりの甘味屋に行く。帰るのはおそらく暮6ツくらい 真面目なはじめさんが私の代わりに答える。 「はじめさん、なんで祇園の界隈の甘味屋なんて答えたのですか?」 二人で並んで歩きながら尋ねる。 「・・・この間、祇園の界隈でおいしい葛きりを食べさせる店があるときいたからな。その店の近くに、 ちなみに教えてくれたのは藤堂さんだと答える。 「あんたここのところ、休む暇もなく働いていただろう?遠出する機会などなかったようだし。多分 ・・・こういう瞬間、はじめさんにかなわないなと思う。 「ねえ、はじめさん。」 私はそっと彼の手を握り、ほんの少し自分の方に引き寄せる。 「沖田さん、歩きずらい。」 文句をいう彼にそっと告げる。 「大好きですよ。」 照れ屋の彼はいきなり手を振り払うと、ものすごい速さで歩きはじめる。 私は再び彼の手を握る。また振り払われるかなと思ったけど、ほんの少し握り返してくる。 人通りのない道を、私たちはほんの少し手をつないで歩いた。 はじめさんの趣味のひとつとして、刀の目利きがある。 「沖田さん、もう用事はすみましたよ。」 「あれ?今日は刀買わないんですか?」 「ええ。あまりよさそうなのもないし、誰かに刀を買ってきて欲しいとも頼まれていませんので。」 そう言うとすたすたと店を後にする。あれだけ店先に刀を並べさせて買わないとは・・・。 古道具屋を出ると、私たちは祇園のほうに向かった。 「あ〜。これはかなり並びますね〜。」 「でも食べたいんだろう?」 「う〜ん。せっかく此処まできたんですし。」 結局一刻ほど並んで食べた。 はじめさんはちょっと心配そうな顔をしてこちらを眺める。 「あんたそんなに食べて大丈夫なのか?」 「大丈夫ですよ。まだたった2杯ですよ?」 「黒いのと白いのとあわせれば4杯だろう?」 「これ、軽いから大丈夫ですよ。」 「あんたこの間もそういって、汁粉30杯食っただろう?そうしていきなり道端にぶっ倒れたじゃないか!」 「心配性ですね、はじめさんは。」 「此処から屯所までどんだけの距離があるとおもっているんだ?背負う俺の身にもなってくれ。」 「籠呼べばいいでしょう?」 「・・・籠は狭くて嫌だといったのは誰だ?」 「じゃあどこかに泊まります?」 「・・・門限破ったら副長に怒られるだろう。」 「大丈夫ですって。こういうときの為に、土方さんの発句帳、持ち出してきていますから。」 「・・・・・・・・副長も気の毒に。(溜息)」 はじめさんがあんまりに心配するうえに、やたら店も混んでいるので、 「はじめさん、ちょっとこのあたりを散歩してみませんか?」 「・・・別にかまわんが。いいのか?」 あたりを警戒するようにしてはじめさんが尋ねる。 「何を心配しているんです?私の身体のことなら大丈夫ですよ。」 「いや、それもそうだけど。このあたりは勤皇の連中が多いところだし。」 ここ祇園から東山界隈は新選組の巡察区間の中でも特に警戒を要するところでもある。 「はじめさん、私たち二人一緒なら大丈夫ですよ。私もはじめさんも強いから。」 さらりと私が答えるのを、はじめさんは苦笑して、けれどそうだなと答える。 「だからずっと一緒にいましょうね。」 「ああ。」 京の紅葉はとても美しい。 はらはらと落ちてくる楓の葉を眺めながら二人で歩く。 「沖田さん、そろそろ戻らないと間に合わないぞ。」 やれやれ。真面目なはじめさんだもの。気がついちゃいましたね。 「ねえやっぱりどこかに泊まりませんか?」 真面目な顔をしてはじめさんに聞いてみる。 「いや、戻らないと副長が怒るだろうし。」 「だからさっきも言いましたけど、発句帳を人質に取ってあるから大丈夫ですよ。」 「・・・副長はともかく、あの平隊士が気の毒な事になるぞ。」 ・・・この人のことを「鬼斎藤」って言うけれど、大いに間違っている。 「判りました。そろそろ帰りますよ。」 屯所に戻る道すがら、珍しい事にただ一人の浪士とも遭遇しなかった。 「はじめさん、今日は私に付き合ってくれてありがとうございます。」 「沖田さん、別に嫌々付き合っているのではないから礼を言われることはない。」 そうして少しだけ顔を紅くして続ける。 「あんたと一緒にいられるのは嬉しいし。」 ・・・・嬉しすぎ。はじめさん、今夜は目一杯かわいがってあげますよ。 「総司!戻ってきているのは判っているんだぞ!」 おや、土方さんだ。案外早くに気付かれましたね。 「総司!きさま俺の・・・・。」 「発句帳なら返しますよ。」 はいといって土方さんに発句帳を手渡す。 「やけに素直に返したものだな?」 はじめさんは不思議そうに尋ねる。 「今日はとってもよい日だったから。」 「・・・そうか。」 「それに今夜邪魔されたくないですし。」 「?」 きょとんとした顔をするはじめさん。私はそっと近寄って彼に唇を重ねた。 口付けは昼間食べた葛きりより甘く、私を酔わせた。 終わり。 |