紅葉

著作:ミモさま

 

 

 

京の街にも秋が訪れる。見事に色づいた紅葉が町並みを紅く染め上げる。

こんな秋晴れの穏やかな日に互いが非番だとは。私は思わず神に感謝した。

布団に包まって、今日一日何をしようか考えていると、落ち着いた低い声が聞こえる。

「沖田さん?どっか気分悪いのか?」

はじめさんが、心配そうに私の様子をうかがっている。

この前、身体の調子が悪いことを伝えてから、やけに私の身体を気遣ってくれている。

平常ならまるっきり無表情ともいえる彼の顔の上に浮かんでいる表情が

やけにかわいらしくて、押し倒したくなるのを理性でおさえる。

せっかくの非番、屯所でだらだらしているのはもったいないじゃないですか。

 

「ねえはじめさん、今日は二人でお出かけしませんか?」

「・・・俺は砥ぎ屋に預けた刀を取りに行こうと思っているんだが?」

「付き合いますよ。そのあと茶屋で葛きりかお団子でも食べませんか?」

「この間みたいに馬鹿みたいに食って、腹こわしても知らんぞ。」

「そのときは、はじめさんが看病してくださいね。」

「・・・・・・(溜息)。」

 

いつものように門番の平隊士に「ちょっと遠出をしてくる。」と告げると、

「沖田先生、斎藤先生、申し訳ございませんが行き先をおしえていただけませんか?」

恐縮しきって彼は尋ねてくる。

「副長の命令で、有事の為に連絡の取れるようにしておくようにと・・・。」

・・・・まったく土方さんたら。

気ままに逢引するのが楽しいのにこれじゃあ台無しじゃないですか。

だいたいはじめさんと一緒に非番なんて月に一回あればいい方だって言うのに。

「街中の古道具屋に行って、それから祇園界隈あたりの甘味屋に行く。帰るのはおそらく暮6ツくらい
だろうな。・・・これでいいか?」

真面目なはじめさんが私の代わりに答える。

門番の隊士はあからさまにほっとした顔をする。

この様子だと他の幹部連中に年中文句言われているのだろうな。

まだ幼い彼の顔を見て、やや気の毒になってきた。

 

「はじめさん、なんで祇園の界隈の甘味屋なんて答えたのですか?」

二人で並んで歩きながら尋ねる。

まだ行き先をはじめさんに教えていないはずなのに何故祇園に行くと判ったのだろう?

「・・・この間、祇園の界隈でおいしい葛きりを食べさせる店があるときいたからな。その店の近くに、
団子屋ができたともきいた。」

ちなみに教えてくれたのは藤堂さんだと答える。

「あんたここのところ、休む暇もなく働いていただろう?遠出する機会などなかったようだし。多分
その店にいきたいのだろうとおもってな。」

・・・こういう瞬間、はじめさんにかなわないなと思う。

私だってはじめさんが好きで、彼のことを常に気にしているはずなのに。

彼はいつだって私のことに気を配ってくれる。それも押し付けることなく、ごく自然に。

「ねえ、はじめさん。」

私はそっと彼の手を握り、ほんの少し自分の方に引き寄せる。

「沖田さん、歩きずらい。」

文句をいう彼にそっと告げる。

「大好きですよ。」

照れ屋の彼はいきなり手を振り払うと、ものすごい速さで歩きはじめる。

駆け寄って顔を覗き込めば、ものすごく紅い顔をしている。

私は再び彼の手を握る。また振り払われるかなと思ったけど、ほんの少し握り返してくる。

人通りのない道を、私たちはほんの少し手をつないで歩いた。

 

はじめさんの趣味のひとつとして、刀の目利きがある。

とにかく刀をいじるのが好きだ。

砥ぎ屋に預けた刀を受け取ると、界隈の古道具屋に顔を出して、新しく入った刀を眺めている。

秋もせず次々と刀を取る姿は子供がおもちゃを選んでいる幼い子供のようにも見える。

半刻ほど夢中で眺めたあと、ようやく私のほうを振り返る。

「沖田さん、もう用事はすみましたよ。」

「あれ?今日は刀買わないんですか?」

「ええ。あまりよさそうなのもないし、誰かに刀を買ってきて欲しいとも頼まれていませんので。」

そう言うとすたすたと店を後にする。あれだけ店先に刀を並べさせて買わないとは・・・。

ちょっと店の主人が気の毒と思って振り返ったら、

主人は手なれた様子で平然と片付けをはじめているのが見えた。

 

古道具屋を出ると、私たちは祇園のほうに向かった。

葛きりのおいしい店はすぐに見つかった。かなり人気が高いようで、

老若男女を問わず、長蛇の列となって並んでいる。

「あ〜。これはかなり並びますね〜。」

「でも食べたいんだろう?」

「う〜ん。せっかく此処まできたんですし。」

結局一刻ほど並んで食べた。

甘いものが苦手なはじめさんは、お茶と醤油の串団子を食べている。

此処の葛きりは黒蜜と白蜜いずれかで食べる。結局私はどちらも2つ頼んだ。

はじめさんはちょっと心配そうな顔をしてこちらを眺める。

「あんたそんなに食べて大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。まだたった2杯ですよ?」

「黒いのと白いのとあわせれば4杯だろう?」

「これ、軽いから大丈夫ですよ。」

「あんたこの間もそういって、汁粉30杯食っただろう?そうしていきなり道端にぶっ倒れたじゃないか!」

「心配性ですね、はじめさんは。」

「此処から屯所までどんだけの距離があるとおもっているんだ?背負う俺の身にもなってくれ。」

「籠呼べばいいでしょう?」

「・・・籠は狭くて嫌だといったのは誰だ?」

「じゃあどこかに泊まります?」

「・・・門限破ったら副長に怒られるだろう。」

「大丈夫ですって。こういうときの為に、土方さんの発句帳、持ち出してきていますから。」

「・・・・・・・・副長も気の毒に。(溜息)」

 

はじめさんがあんまりに心配するうえに、やたら店も混んでいるので、

葛きりは4杯ずつ食べるだけにとどめた。すごく満足して店を後にしたものの、

戻るといった刻限にはまだ十分時間がある。

このまま帰るのもなんだか癪だし。

せっかく遠出したのだからもう少し二人きりでいたいと思うのが人情じゃあありません?

「はじめさん、ちょっとこのあたりを散歩してみませんか?」

「・・・別にかまわんが。いいのか?」

あたりを警戒するようにしてはじめさんが尋ねる。

「何を心配しているんです?私の身体のことなら大丈夫ですよ。」

「いや、それもそうだけど。このあたりは勤皇の連中が多いところだし。」

ここ祇園から東山界隈は新選組の巡察区間の中でも特に警戒を要するところでもある。

この辺りには細くて曲がりくねった道が四方に走っていて、

巡察中に一番命を落としやすい場所だとおもう。

「はじめさん、私たち二人一緒なら大丈夫ですよ。私もはじめさんも強いから。」

さらりと私が答えるのを、はじめさんは苦笑して、けれどそうだなと答える。

「だからずっと一緒にいましょうね。」

「ああ。」

 

京の紅葉はとても美しい。

どちらかというと「花より団子」の私もその美しさには目を奪われる。

京の楓は江戸のものより小さいから余計紅葉が美しいと教えてくれたのは山南さんだったっけ。

はらはらと落ちてくる楓の葉を眺めながら二人で歩く。

日も少しずつ傾きはじめている。そろそろ戻らないと告げた刻限には間に合わなくなる。

「沖田さん、そろそろ戻らないと間に合わないぞ。」

やれやれ。真面目なはじめさんだもの。気がついちゃいましたね。

「ねえやっぱりどこかに泊まりませんか?」

真面目な顔をしてはじめさんに聞いてみる。

「いや、戻らないと副長が怒るだろうし。」

「だからさっきも言いましたけど、発句帳を人質に取ってあるから大丈夫ですよ。」

「・・・副長はともかく、あの平隊士が気の毒な事になるぞ。」

・・・この人のことを「鬼斎藤」って言うけれど、大いに間違っている。

なんだかんだ言ってはじめさんはやさしいと思う。平隊士のことも気を配っているし。

稽古を教える時も親切だし。

「判りました。そろそろ帰りますよ。」

 

屯所に戻る道すがら、珍しい事にただ一人の浪士とも遭遇しなかった。

せっかくの逢引が血で染まらなかった事に私はただひたすら感謝していた。

「はじめさん、今日は私に付き合ってくれてありがとうございます。」

「沖田さん、別に嫌々付き合っているのではないから礼を言われることはない。」

そうして少しだけ顔を紅くして続ける。

「あんたと一緒にいられるのは嬉しいし。」

・・・・嬉しすぎ。はじめさん、今夜は目一杯かわいがってあげますよ。

私が頭の中で妄想を浮かべていると、いきなりものすごい足音と怒鳴り声が聞こえてきた。

「総司!戻ってきているのは判っているんだぞ!」

おや、土方さんだ。案外早くに気付かれましたね。

もう2日くらいばれないと思っていたのに。

でもいまはものすごく気分がいいのですぐ返してあげようかな。

「総司!きさま俺の・・・・。」

「発句帳なら返しますよ。」

はいといって土方さんに発句帳を手渡す。

こうも素直に返してもらえるとはおもわなかったのか、

あっけにとられている土方さんを残して、私は自室へ引き上げる。

もちろんはじめさんも連れて。

 

「やけに素直に返したものだな?」

はじめさんは不思議そうに尋ねる。

いつもなら茶菓子代と交換とかでようやく収まりをつけることを知っているうえでの疑問でしょう。

「今日はとってもよい日だったから。」

「・・・そうか。」

「それに今夜邪魔されたくないですし。」

「?」

きょとんとした顔をするはじめさん。私はそっと近寄って彼に唇を重ねた。

 

 

 

口付けは昼間食べた葛きりより甘く、私を酔わせた。

 

 

 

 

 

終わり。

 

 



読み終えた後のこう・・なんというのか
爽やかなホワッとココロが温かくなってくる
そんな素敵なお話に
私はしばし余韻に浸ってしまいました★

そう・・私のほうこそこの物語の沖田さんのように
ミモさんに甘く酔わされた・・・・そんな気分でございます。
ほんと素敵な小説をありがとうございました〜♪

またひとつ展示作品が華やかになりました。(ニヤリ)