楽しかったねえ
あの頃は
俺みたいな奴がぞろぞろと兵隊引き連れてよ
えらそうに肩で風切って往来のど真ん中をがに股で歩いてたってんだ
浅葱色のダンダラ見るとビビって道開けてく奴らの面を横目で流して
金もあるから色町の女にもモテ放題
気持ちよかったねえ
爽快だったね
ちょいと前では考えれなかったろ?
侍だなんて名ばっかりで いつだって人に頭をへこへこ下げさせられてよ
俺より弱い奴らに小馬鹿にされて
気が付いたら俺の目はいつだって地べたばっか見てたんだ。
まるで空を拝むことすら誰かにお伺いたてにゃならんみたいでな
だからおん出たんだよ
ある日ふっと顔をあげてみたらよ
雨あがりの青い空に そりゃもう綺麗な虹がかかったんだ
ああ、って思ったね
あの向こうにはきっとこことは違う
いいもんが見れるんだろうねってさ
後先なんて考えなかったよ
今しかねえっていつの間にか足は駆けてたんだ
別に俺は後悔しちゃあいねえよ
本当にあの虹は
俺に見れなかったもんを見せてくれたんだ─────
虹の向こう
紫緒 匡
「─────ってなあ、聞いてるか?斎藤」
まったく薩長の奴らも景気がいいこった。
正月から花火かいって思ったら最新式の大砲をボンボンボンボン撃ってきやがる。
俺たちの旧式じゃあ太刀打ち出来ねえ。
会津の方から応援頂いたにしてもよっぽど近付いてかねえと向こうには届かねえ。近寄ろうにも馬鹿じゃあるめえし刀や槍で真っ正面からぶつかってたってあいつらのおもちゃの餌食になるだけだ。
まったく、幕府って奴は何してたんだかね。
弱い連中からしこたまふんだくってたのはどこに消えちまってたのやら。
それに比べりゃ敵さんには頭がいい奴が多いってことだあね。俺ぁ馬鹿だからよく分かんねえけど。
分かってるのはただ一つ。
「夢は終わっちまったってことだあな」
まったくさっきから俺一人にしゃべらせやがってウンもスンともねえ。
もともと愛想のかけらもねえ奴だが更にここんとこどんより暗い。組まされたこっちの身にもなれってんだ。
士気に関わらあ。
「お前さあ、んな顔してるとあっちからお迎えが来ちまうぞ」
「─────?」
ああ、やっと反応しやがった。
こいつときたら自分には用がある話とない話でしっかり聞き分けてやがる。
「聞いたとこによるとな?」
俺はこんなの信じちゃいねえけど。
「人間、その時が来るとちゃあんとあの世からお誘いに現れてくれるらしいぜ?」
「・・・・・・なにが」
「これ」
「・・・・・・」
俺はそう言って両手をぶらりと垂らして見せる。ようはこの世のもんじゃねえもんだ。
幽霊だよ。
「・・・・・・馬鹿馬鹿しい。あんたはどうしてそういう話が好きなんだ」
「おい、これ言ったのは俺じゃねえぜ?」
「じゃあ永倉さんか」
「いんや、あいつでもねえよ」
「じゃあ・・・・・・」
「平助だ」
「・・・・・・」
俺たちの中で自然と禁句になってたこの名前。
俺が口にした途端に斎藤の顔が生気を無くしたように白くなった。
誰も口にしようとしないあいつの名前。
俺だってもうここずっと口に出すことなんざしなかった。
「・・・・・・あいつんところには山南さんが来たらしいぜ?で、あん人のところには新見さんが来たってよ」
「くだらん」
「そうかあ?」
斎藤は人を小馬鹿にして大袈裟にため息をつく。
「死んだ人間からどうやってそんな話聞けたって?」
「それなんだよ」
絶対そう来ると思ったから俺も手を打って斎藤に詰め寄る。
「実は俺のとこにも来ちまったんだ、これが」
斎藤は吃驚して目を瞬かせた。
こういう顔はなかなか拝めるものではない。俺はしてやったりと笑ってやる。
「・・・・・・はあ?」
「平助がさ、あいつ嫌がらせにも血塗れのまんまで現れてさ、左之さん、迎えに来たよーって明るく笑ってんだよ」
「・・・・・・」
「あ、お前本当に信じてないね」
「信じるか!」
そりゃまあ信じねえわなあ。俺だって信じねえもん。
ま、現に今もこうしてピンピン生きてるし。
「だからよ、そんな顔するなってことだ」
「・・・・・・」
「じゃねえと枕元に平助が出るぞ〜お」
「おいっ─────!!」
俺がふざけて白目向いてだらんと斎藤にしなだれかかる。
斎藤が本気でむきになって俺を引き剥がす。
そんとき俺の顔面をかなり思い切り張ってくれたもんで・・・・・・。
「あ、鼻血が・・・・・・」
「ふざけるにも程度がある」
「おおいてて・・・・・・」
やっぱこいつも気にしてやがんだなあ。
ま、人が言うほどこいつが冷血なんざ思ってねえけど。
大体この無愛想な面が誤解を招くんだ。
「まったく虹が見えただの夢が終わっただの、あんたの話はふわふわし過ぎてて聞くに堪えん」
「・・・・・・なんだ、しっかり聞いてたのかい」
「口を挟む気にもならんだけだ」
「ひでえなあ・・・・・・ああ、血の味する」
鼻を抑えながら上向いてると口の中に嫌な味が広がる。
「あんたにかかるととことん冗談に聞こえてくる」
「ああわかったわかった。俺が悪うござんした」
斎藤が手拭いを差し出して来たので遠慮なく受け取った。
「ああ、俺の男前な面が」
「それも冗談か」
「・・・・・・お前ね」
口を開けばこの調子だ。
どちらをとっても可愛げのかけらもねえ。
─────まあ、男が可愛らしいってのも気味悪いってもんだが。
「あんまりへらへら笑うな」
「あ?」
「俺が聞いたのはな」
「ああ」
チラと俺の顔を見た斎藤は人の悪い笑顔を向ける。
・・・・・・笑うと可愛いって言いたいが、余計に迫が出る。俺の方が年上だってえのに。
「そういう順を決める時というのは可愛い奴から選んでるって話だ」
「─────へえ─────」
そりゃ初耳だ。
「出所は?あんたの故郷かい?」
「いや」
「?」
「─────沖田さんだ」
「・・・・・・笑えねえ・・・・・・」
でもあいつならそんなことをヘラヘラ笑って言うんだろうなあ。
「だから俺にはお迎えなんて来ないさ」
「なるほどね、そういう理屈もありか」
「あんたは一番にやばいな」
「まあなあ、俺って一番可愛いからなあ」
「・・・・・・その冗談もさておき・・・・・・」
斎藤がシッと唇に指をあてる。
刀を握る手に力が入る。
耳を澄ましジッと神経を尖らせてみるとなるほど、人の足音らしき音が近付いてくる。
よくまあ分かるもんだ。獣並だ、ほとんど。
「どうでもいいがこんなとこで死んでも死体は拾わんぞ」
「おいそりゃねえだろ」
「それが嫌なら頑張るんだな。こんなとこでのたれ死んだら身ぐるみ剥がされて捨ておかれるのがオチだ」
「・・・・・・励ましてんならもうちっと可愛く励ませや」
「これが俺の性分だ」
斎藤はそう言って静かに立ち上がると後ろに控えてた隊士たちに手を挙げる。
正面切って戦ったところで武器の差で勝敗が目に見えてる。
なら夜を待って奇襲をかけ接近戦に持ち込もうって算段だ。
狭い道で襲われれば奴らだとて銃は使えやしない。どうせ人数で不利な俺たちにはこれしか手だてがない。
「何が夢が終わっただ」
斎藤が唾を吐き目釘を湿らせながら呟いた。
「・・・・・・悪い夢ならずっと見てる」
「─────」
抜刀し、鞘から抜かれた斎藤の刀は相も変わらず研ぎ澄まされた光沢を放つ。
俺も槍を携え立ち上がった。
「お前のは悪夢だったってのかよ」
「――――ああ――――」
――――ずっと一緒にいてお前って奴はそれだけかよ。
「たちの悪い夢だ」
「――――斎藤、てめ――――」
「来るぞ」
言うやいなや一番に飛び出して行って敵の中に突入して行っちまった。全く、合図も何もないもんだから俺も奴の部下どもも皆一足出遅れた。
「斎藤に続けっ!!!」
奴の猛進ぶりに攣られ俺たちも全く臆することなく敵さんの行列の横っぱらに襲いかかった。
抜刀すりゃ新選組は強え。踏んだ場数が違うんだ。
「おらおら!おめえら、たっぷり今までの礼は晴らさせてもらうぜ!」
槍が風切る音は耳に心地いい。
まったく手応えのねえ奴らだよ。てっぽの練習ばっかにかまけてやがるからだよ。
どいつもこいつも俺らの敵じゃねえ。おとといきやがれってんだ――――
「――――って、おい!」
傍にいた奴が殺られた。
何やってんだよ、へっぴり腰が。
こんな奴らに負けるかよ、普通。
俺たちゃ新選組だぞ?刀遣っちゃ無敵の精鋭だぞ?
それよりなによりこっちは将軍様の部隊だぞ?!
汚え手使って成り上がろうって奴らとは違うだろ。
「――――おっと」
危ねえ危ねえ。
やっこさんらも結構やるじゃねえか。伊達に芋食ってねえよな。
俺も随分おえらくなっちまったもんだな。
成り上がりって俺が言うかね。
結構な成り上がり野郎の癖に、いつの間にか忘れちまってたのかね。
ああ、こいつらだって俺と一緒か
身分って奴にぎゅうぎゅうに絞られて、這い蹲るように生きてきた
そんなのに我慢出来なくなっちまって爆発した
無理もねえ 無理もねえが――――
「おい!ボサッとすんな!」
「あ?!」
刀を受けてるうちに背中ががら空きになったところを斎藤が割って入ってきた。
寸でのとこで弾いて一撃で確実に相手を仕留めた。
「まったくカッコイイねえ!」
「阿呆!やる気あんのか!」
「悪い悪い」
「ったく――――」
「・・・・・・」
舌打ちしながら襲いかかってくる奴らを近づけようともしねえ斎藤を見ながら俺は不謹慎にも笑っちまった。
「・・・・・・何またへらへらしてる」
「いや、俺なんか放っとくんじゃなかったのかよ」
「・・・・・・見てられんかっただけだ」
「ああ、そうかよ」
まったくいい奴だねえ。愛想悪いし口も悪いけど。
なんのかんのと面倒見がいいっていうか。
「――――余計なこと考えるなよ」
「あ?」
「あんたみたいなのがいろいろ考えるとろくなことにならん」
「――――ああ?!どういう意味よ」
ったく失礼な奴だあね。仮にも俺は年上だぞ。
「なあ、斎藤、競争しねえ?」
「まあたあんたは――――」
「じゃねえと張り合いねえのよ」
「それは今からか?」
「おう」
「――――そうか」
「って、ああ、もう始まってんのかよ!」
「当然だ」
確かにいろいろ考えてちゃこんなことまともにやってらんねえよね。
人殺しなんて奴はさ。それもちゃんとお許し得て殺し合ってんだぜ。・・・・・・ほんとまともじゃねえ。
「なあおい、負けたらどうなるんだ」
「知るか」
「それじゃ張り合いねえだろ!」
「始めから決めておけ!」
もめながらもバッタバッタと俺たちの向うところ敵なし状態だ。
やっぱりこうでなくちゃねえ。新選組はこうでなくちゃ。
けど、なんでこうも楽しい気分になってるとこにいちいち水を差してくるのかね。
「あ?!慶喜公がいねえだ?!」
俺たちが命張って戦って帰ってきてみりゃ肝心の大将がとっとと消えたときた。
会津候も一緒だって――――
なんだってんだ、まだまだ戦えるってのに。
あの旗が一体なんだってんだ。
天下の将軍様が旗一枚に怯えてしっぽふって逃げ出すのかよ。
「わしの家臣となって働くというならば同意もいたそう」
おいちょっと待てよ、近藤さん。
なんであんたがそんなこと言うんだよ。
あんたが守るものってのはそういうものなのか?
身分って奴に逆らってここまでのし上がってきたあんたが今度はそれを押しつける側に回るのかい?
違うだろう、違うだろう――――
「おい、左之?」
「――――なあ、ぱっつあん――――」
なんかさあ、俺分からなくなっちまったよ。
お前の言うとおりだよ、斎藤。
俺みてえのが頭使うとろくなことになんねえな。
全くその通り。お前が正しい、正しかったよ――――
なあんで俺必死になって戦ってんだろうなあ
なあんで戦わなくちゃいけねえんだろうなあ
俺がぶっ壊したかったもんを なんで守らなきゃなんねんだろ
違うだろ
違うんだよ――――
思ってたもんと違うんだよ
このまんまじゃ何も変わっちゃいかねえんだよ
「――――俺、やっぱやめるわ」
また空を見ちまった。
なんだってんだろうねえ。
こんな時にはいっつも
俺の目の前に綺麗な七色の虹が広がってるよ
またあの向こうには
俺が見たかった夢って奴が待ってるのかね
こんな虹はそうそう見られねえよ
今を逃したらきっと後悔するよ
「じゃあな」
一緒に行こうぜとは言わねえよ。
それに今度は俺を呼ぶ声も聞こえるんだ
あれは平助だね
やっぱあいつが迎えに来ちまったか
だから俺は一人で行く
この声はきっとな
夢から醒めちまった奴にしか聞こえねえ声なんだよ――――
悪夢だったなんて言うなよ 斎藤
お前だって楽しかっただろうが
いい夢も見れただろうが
ずっとそのまんま大事に夢を見てろよ
お前は大丈夫だよ
俺みたいに可愛くないし 順番でいったらドンケツだよ
だからそれまでさ
決して目を醒ますんじゃねえぞ
絶対に俺ぁ迎えになんて行ってやらねえからな
せいぜい長生きして俺の勇姿を語ってくれや
――――たいして期待しちゃいねえけどな――――
終
2004/06/07
5度書いて万事この調子でした(汗)
エロになりようがない!!(涙)
・・・・・・なぜって理由がこんな左之とこんな斎藤だから(汗)
うう、左之をもっと男前に書ければ、ううう・・・・・・(脱落)斎藤さんの男度ばかり上がってくし・・・・・・(こっちは本望として)
なわけで、合同誌のカップリング変更要求。原×斎でエロは出来なかったですブツを献上――――
ごめん、グレさん・・・・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いやぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ぬぁにおおっしゃいますやら〜〜〜〜≧▽≦
エロがなくても、私はマジで大満足じゃぁ〜〜〜〜〜お腹一杯じゃぁ〜〜っ
いいっす。このさのっちと斎藤さん。(こう呼ぶ方がぴったしな感じ)
無口な上に口の悪い無愛想な、でも面倒見のいい(どんなだ笑)斎藤さん。
どっちが年上だかわかんない原田さんとの会話がめちゃ好きだ!
もう・・目の前でふたりがしゃべってて動いてて・・・∩∩)
死が目の前にきてても・・・・カラッと明るく振る舞ってるさのって・・・
イメージかもしんない・・とほんと思いました。
上手いですっ読ませますっさすがですっ!紫緒さん。
ほんまにありがとうございました(感謝感謝)